大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(う)1523号 判決 1961年10月31日

控訴人 検察官 山本清二郎

被告人 高橋年男

弁護人 杉崎安夫

検察官 大島功

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

理由

本件控訴の趣意は検察官山本清二郎提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する弁護人杉崎安夫の答弁は同弁護人提出の答弁書記載のとおりであるからこれらをここに引用する。

検察官の論旨第一点は原判決には理由のくいちがいがあると云うのである。即ち原判決は罪となるべき事実として公訴事実と同一の事実即ち酒酔い運転(アルコールの影響により正常な運転ができない虞れがある状態でする運転)、酒気帯び無免許運転、酒気帯び最高速度超過運転の三つの事実を認定しているのに、その法令の適用においては酒酔い運転の罰条である道路交通法第六五条第一一八条第一項二号の適用を欠いているから、その理由にくいちがいがあると言うのである。これに対する弁護人の答弁は、起訴状の公訴事実の記載は、酒気帯び無免許運転と酒気帯び最高速度超過運転との二訴因を公訴事実一、二として特記明示してあるに拘らず酒酔い運転の点については同様の特記明示がなく、冒頭に「その(アルコール)の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で」との記載はあるが、これは単に右酒気帯び無免許運転及び酒気帯び最高速度超過運転の際の酒気帯びの程度を事情として表示したに過ぎないものと解され、酒酔い運転については起訴があつたものと認め難いのであるから、原判決には検察官所論の違法は存しないと言うのである。

よつて本件起訴状を見るに同起訴状には公訴事実として、

被告人は呼気一リツトルにつき〇、二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、

一、公安委員会の運転免許を受けていないのに、昭和三六年三月二三日午前二時〇分頃、中央区銀座東一丁目四番地附近道路において、普通貨物自動車を運転し、

二、前同日時頃、東京都公安委員会が道路標識によつて最高速度を四〇キロメートル毎時と定めた前同所附近道路において、右最高速度を超える七七キロメートル毎時の速度で前同自動車を運転したものである。

と記載し、その罰条として、

一の事実につき、道路交通法第六四条第六五条第一一八条第一項一号二号第一二二条同法施行令第二七条、

二の事実につき、同法第六四条第六八条第二二条第二項第九条第二項第一一八条第一項二号三号第一二二条同法施行令第七条第二七条、

と記載してある。この公訴事実の記載は、その構文から見れば、その冒頭掲記の酒酔い状態の下で一所掲の無免許運転並びに二所掲の最高速度超過運転をなしたものであるとの表現たる観を呈し、一見すれば、右二訴因のみを起訴したものであるやに解されるものであること弁護人所論のとおりである。しかしながら前記罰条の記載には酒酔い運転の処罰規定である道路交通法第一一八条第一項第二号を一及び二の両事実に関するものとして掲げているのであつて、これを見れば公訴事実の記載は、その表現がいささか拙であるにしても、酒酔い運転をも訴因としているものであることが十分に看取されるのである。而して原判決は罪となるべき事実として右起訴状の公訴事実と全く同一の事実を判示しあり、従つてその判示事実自体からは酒酔い運転の事実をも罪となるべき事実として認定したものかどうかが必ずしも明瞭でなく、またその法令の適用においては酒酔い運転の処罰規定である道路交通法第一一八条第一項二号の掲示を欠いているのであるが、これは原審が本件起訴には酒酔い運転の訴因が含まれていないものと解し、従つてそれに関する判断をしなかつたものか、或は右訴因が含まれているものと解しながらこれに関する判断を遺脱したものか、或はまた右訴因をも罪となるべき事実の中に含めて認定したものとしながらそれに関する法令の適用を遺脱したものか、その何れであるかは明らかでないが、若し本件起訴には酒酔い運転の訴因が含まれていないものと解し従つてこれに関する判断をしなかつたか、或は右訴因が本件起訴に含まれているものと解しながらこれに関する判断を遺脱したものとすれば、これは審判の請求を受けた事件の一部について判決を遺脱したもので、刑事訴訟法第三七八条三号に該当する違法があり、また右訴因をも罪となるべき事実の判示に含めたものとしながらこれに関する法令の適用を遺脱したものとすれば、これは判決の理由にくいちがいがあるもので、右同条四号に該当する違法があるのであつて、いずれにしても原判決は破棄を免れないものであり、即ち論旨はその理由がある。

よつて本件控訴は理由があるから刑事訴訟法第三九七条第一項により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所において更に判決することとする。

当裁判所が本件につき認定する犯罪事実、その証拠及び法令の適用は左のとおりである。

一、犯罪事実

被告人は昭和三六年三月二三日午前二時頃東京都中央区東銀座一丁目四番地附近道路上において、呼気一リツトルにつき〇、二五ミリグラム以上のアルコールを体内に保有しながら

(1)、右アルコールの影響により正常な運転のできない虞れのある状態で、

(2)、公安委員会の運転免許を受けないで、

(3)、東京都公安委員会が道路標識によつて定めた同道路上の最高速度四〇キロメートル毎時を超過する七七キロメートル毎時の速度で、

普通貨物自動車を運転したものである。

<証拠説明省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為中(1) の酒酔い運転の点は道路交通法第六五条同法施行令策二七条に違反し、同法第一一八条第一項二号に該当し、(2) の酒気帯び無免許運転の点は同法第六五条同法施行令第二七条同法第六四条に違反し、同法第一一八条第一項一号第一二二条第一項に該当し、(3) の酒気帯び最高速度超過運転の点は同法第六五条同法施行令第二七条同法第六八条第九条第一、二項第二二条第二項に違反し、同法第一一八条第一項三号第一二二条第一項に該当し、後述の犯情、情状に照らしいずれも懲役刑を選択して処断するを相当とするところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条第二、三項により最も重い酒気帯び最高速度超過運転の刑に法定の加重をなした刑期の範囲内において処断すべきものとする。而して本件事犯は酒酔い運転、酒気帯び無免許運転及び酒気帯び最高速度超過運転の運転自体に関する最も悪質な三つの違反行為を同時に犯したものであり、而も右酒気帯び、酒酔いの程度は体内保有アルコール量が呼気一リツトルにつき、〇、七七ミリグラムと云う、道路交通法第六五条同法施行令第二七条の規定する体内保有アルコール量の最高限度呼気一リツトルにつき、〇、二五ミリグラムを遙かに上廻つたものであり、また右運転速度は同道路上の所定最高速度四〇キロメートル毎時の殆んど二倍に近い七七キロメートル毎時という高速度であり、この高速度による運転は単に銀座東一丁目四番地附近だけにおけるものでなく、港区桜川町一番地附近から南佐久間町交叉点を右折し新橋ガード下を経て昭和通に出で三原橋を通り停車を命じられた中央区銀座東一丁目四番地附近までの殆んど全区間に亘るもの、たとえ深夜で交通量の比較的少い時刻における所為であるとは言え、その犯情甚だ悪質と云わなければならない。更にまた被告人は昭和三五年中に道路交通取締法違反(最高速度超過運転)により四回に亘り千五百円乃至二千円の罰金刑に処された外、同年中に、酒に酔いながら自動三輪車を時速約五〇キロメートルの高速度で運転し、その運転中酩酊による前方注視能力減退のため都電の架線修理作業のため駐車中の特殊作業用自動車に自車を衝突させ作業員三名に全治七日乃至一〇日を要する傷害を負わしめた事故を起こし、業務上過失傷害道路交通取締法違反罪として罰金二万円に処された経歴あるに拘らず、重ねて本件事犯に及んだもので、被告人は自動車運転者としての責任観念に甚だしく欠くるものがあると見ざるを得ないのであつて、情状においても憫諒の余地が殆んどないとしなければならない。近時自動車の増加により人身の死傷を伴う交通事故が続発し、これら事故が運転者の運転上の義務違反に因ることの多い実情に鑑みるときは、自動車運転上の義務違反に対しては、自動車が比較的少く交通環境にもゆとりのあつた往時とは著しく異つた評価が要請せらるるのであつて、本件の如き事犯に対する問責は、今や一般警戒の意味においても、これを寛大に失することは到底許されないものと言わなければならない。されば被告人が本件事犯後は反省悔悟して当分自動車運転から離れることになつたこと、その他記録上認められる被告人に有利な諸事情をも考慮しても、本件事犯については被告人を懲役四月の実刑に処するを相当とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 兼平慶之助 判事 斉藤孝次 判事 関谷六郎)

検察官の控訴趣意

一、判決の理由にくいちがいがある。

原判決は罪となるべき事実として、公訴事実と同一事実、即ち酒酔い運転(アルコールの影響により正常な運転が出来ないおそれがある状態でする運転)、酒気帯び無免許運転、酒気帯び最高速度超過運転の三つの事実を認定しているのに、その法令の適用においては酒酔い運転の罰条である道路交通法第六五条、第一一八条第一項第二号、同法施行令第二七条の適用を全く欠いている。従つて原判決はその理由にくいちがいがあると、わねばならず、この点においてまず破棄さるべきものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例